2225ページ
勝劣と云う。また絶待不思議の内証、不可得・言語道断の勝劣は、天台・妙楽・伝教の残すところ、我が家の秘密、観心直達の勝劣なり。迹という名ありといえども、有名無実・本無今有の迹門なり。実に不思議の妙法はただ寿量品に限る。故に不思議一と釈するなり。迹門の妙法蓮華経の題号は本門に似たりといえども、義理、天地を隔つ。成仏また水火の不同なり。久遠名字の妙法蓮華経の朽ち木書きなる故を顕さんがために一と釈するなり。末学、疑網を残すことなかれ。日蓮、霊山会上の多宝塔中において、親り釈尊より直授し奉る秘法なり。甚深甚深、秘すべし秘すべし、伝うべし伝うべし。
摩訶止観の七面の口決とは、依名判義、附文元意、寂照一相、教行証、六・九の二識、絶諸思慮、出離生死の一面なり已上。
〈伝教〉「一切諸法は本より已来、不生不滅にして性相凝然たり。釈迦は口を閉じ、身子は絶言す」云々。これは迹門たる天台の止観の内証なり。本門たる日蓮の止観は、釈迦は口を開き、文殊は言語す。迹門は不思議不可説、本門は不思議可説の証拠の釈これなり。
また三大部において一同十異・四同六異これ有り。伝教、仏立寺よりこれを口決す。一同とは、名同なり。十異とは、名同義異・所依異・観心異・傍正異・用教異・対機異・顕本理異・修行異・相承異・元旨異なり。四同とは、名同・義同・所依同・所顕同なり。六異とは、釈異・大綱網目異・本末異・観心異・教内外観異・自行化他異これなり。今、要をもってこれを言わば、迹・本・観心、同名異義なり。始終・本末共に、修行も覚道も、時機も感応も、皆勝劣なり。
この下、二十四番勝劣なり。彼の本門は我が迹門。彼の勝はこの劣。彼の深義は予が浅義。彼の深
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
---|---|---|---|
(458)本因妙抄 |