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『日蓮大聖人御書全集 新版』全文検索

んことを喜び、怪しむことなし。譬えば、母を離れたるこうし、ほのかに母の音を聞きつるがごとし。
 「このこと、誰か誦しつるぞ。いまだ残りの語あらん」とて、あまねく尋ね求むるに、さらに人もなければ、「もしもこの語は鬼神の説きつるか」と疑えども、「よも、さはあらじ」と思い、「彼の身は罪報の鬼神の形なり。この偈は仏の説き給える語なり。かかる賤しき鬼神の口より出ずべからず」とは思えども、また殊に人もなければ、「もし、この語、汝が説きつるか」と問えば、鬼神答えて云わく「我に物な云いそ。食せずして日数を経ぬれば、飢え疲れて正念を覚えず。既にあだごと云いつるならん。我うつける意にて云えば、知ることもあらじ」と答う。
 童子の云わく「我はこの半偈を聞きつること、半ばなる月を見るがごとく、半ばなる玉を得るに似たり。たしかに汝が語なり。願わくは、残れる偈を説き給え」とのたもう。鬼神の云わく「汝は本より悟りあれば、聞かずとも恨みは有るべからず。吾は、今、飢えに責められたれば、物を云うべき力なし。すべて我に向かって物な云いそ」と云う。童子なお「物を食いては説かんや」と問う。鬼神答えて「食いては説きてん」と云う。童子悦んで「さて何物をか食とするぞ」と問えば、鬼神の云わく「汝さらに問うべからず。これを聞いては必ず恐れを成さん。また汝が求むべき物にもあらず」と云えば、童子なお責めて問い給わく「その物をとだにも云わば、心みにも求めん」とのたまえば、鬼神の云わく「我は、ただ人の和らかなる肉を食し、人のあたたかなる血を飲む。空を飛びあまねく求むれども、人をば各守り給う仏神ましませば、心に任せて殺しがたし。仏神の捨て給う衆生を殺して食するなり」と云う。