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『日蓮大聖人御書全集 新版』全文検索

(363)

減劫御書

 建治元年(ʼ75)末または同2年(ʼ76) 54歳または55歳 高橋六郎兵衛の縁者

 減劫と申すは人の心の内に候。貪・瞋・癡の三毒が次第に強盛になりもてゆくほどに、次第に人のいのちもつづまり、せいもちいさくなりもてまかるなり。
 漢土・日本国は、仏法已前には三皇・五帝・三聖等の外経をもって民の心をととのえてよをば治めしほどに、次第に人の心はよきことははかなく、わるきことはかしこくなりしかば、外経の智あさきゆえに、悪のふかき失をいましめがたし。外経をもって世おさまらざりしゆえに、ようやく仏経をわたして世間をおさめしかば、世おだやかなりき。これはひとえに、仏教のかしこきによって人民の心をくわしくあかせるなり。
 当時の外典と申すは、本の外経の心にはあらず。仏法のわたりし時は外経と仏経とあらそいしかども、ようやく外経まけて王と民と用いざりしかば、外経のもの、内経の所従となりて、立ちあうことなくありしほどに、外経の人々、内経の心をぬきて智慧をまし、外経に入れて候を、おろかなる王は外典のかしこきかとおもう。
 また、人の心ようやく善の智慧ははかなく悪の智慧かしこくなりしかば、仏経の中にも小乗経の智