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『日蓮大聖人御書全集 新版』全文検索

 十二に権実円満。謂わく、法華実証の時は、実に即してしかも権、権に即してしかも実、権実相即して闕減無きが故に円満の法にして、既に三身を具するが故に諸仏常に法を演説す。
 十三に諸相円満。謂わく、一々の相の中に皆八相を具して、一切の諸法常に八相を唱う。
 十四に俗諦円満。謂わく、十界・百界乃至三千の本性は、常住不滅なり。本位を動ぜず、当体即理なるが故に。
 十五に内外円満。謂わく、非情の外器に内の六情を具す。有情数の中にまた非情を具す。余教は内外円満を説かざるが故に草木成仏すること能わず。草木非成仏の故にまた蓮と名づけず。
 十六に観心円満。六塵・六作、常に観心の相にして、さらに余義にあらざるが故に。
 十七に寂照円満。文に云わく『法性寂然なるを止と名づけ、寂にして常に照らすを観と名づく』。
 十八に不思議円満。謂わく、細かに諸法の自性を尋ぬるに、非有非無にして諸の情量を絶し、また、三千・三観、ならびに寂照等の相無し。大分の深義本来不思議なるが故に名づけて蓮となすなり。
 この十八円満の義をもって委しく経意を案ずるに、今経の勝能ならびに観心の本義、良に蓮の義に由る。二乗・悪人・草木等の成仏ならびに久遠塵点等は、蓮の徳を離れては余義有ることなし。
 座主の伝に云わく『玄旨の正決を尋ぬるに、十九円満をもって蓮と名づく。いわゆる当体円満を加う。当体円満とは当体蓮華なり。謂わく、諸法の自性清浄にして染濁を離るるを、本より蓮と名づく。一経の説に依るに、一切衆生の心の間に八葉の蓮華有り。男子は上に向かい、女人は下に向かう。成仏の期に至れば、たとい女人なりといえども、心の間の蓮華速やかに還って上に向かう。しか