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『日蓮大聖人御書全集 新版』全文検索

劣なる経を食しましまして、なお四天下をめぐり給う。いかにいわんや、法華経の醍醐の甘味を嘗めさせ給わんをや。故に、法華経の序品には普香天子とつらなりまします。法師品には阿耨多羅三藐三菩提と記せられさせ給う。火持如来これなり。
 その上、慈父よりあいつたわりて二代、我が身となりてとしひさし。いかでかすてさせたまい候べき。その上、日蓮もまた、この天を恃みたてまつり、日本国にたてあいて数年なり。既に日蓮かちぬべき心地す。利生のあらたなること、外にもとむべきにあらず。
 これより外に御日記とうとさ申すばかりなけれども、紙上に尽くし難し。
 なによりも日蓮が心にたっときこと候。父母御孝養のこと、度々の御文に候上に、今日の御文、なんださらにとどまらず。「我が父母、地獄にやおわすらん」となげかせ給うことのあわれさよ。
 仏の弟子の御中に、目犍尊者と申しけるは、父をばきっせん師子と申し、母をば青提女と申しけるが、餓鬼道におちさせ給いけるを凡夫にておわしける時はしらせ給わざりければ、なげきもなかりけるほどに、仏の御弟子とならせ給いて後、阿羅漢となりて天眼をもって御らんありければ、餓鬼道におわしけり。これを御らんありて飲食をまいらせしかば、炎となりていよいよ苦をましさせまいらせ給いしかば、いそぎはしりかえり、仏にこの由を申させ給いしぞかし。その時の御心をおもいやらせ給え。
 今、貴辺は凡夫なり。肉眼なれば御らんなけれども、「もしもさもあらば」となげかせ給う。こは孝養の一分なり。梵天・帝釈・日月・四天も、定めてあわれとおぼさんか。華厳経に云わく「恩を知