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給えと申しつけて候。日蓮、法華経の行者にてあるなしは、これにて御覧あるべし。
こう申せば、国主等はこの法師のおどすと思えるか。あえてにくみては申さず。大慈大悲の力、無間地獄の大苦を今生にけさしめんとなり。章安大師云わく「彼がために悪を除くは、即ちこれ彼が親なり」等云々。こう申すは、国主の父母、一切衆生の師匠なり。事々多く候えども、留め候いぬ。
また麦の白米一だ、はじかみ送り給び候い畢わんぬ。
卯月十二日 日蓮 花押
四条金吾殿御返事
(201)
四条金吾殿御返事(法論心得の事)
建治元年(ʼ75)7月22日 54歳 (四条金吾)
わざと御使い、喜び入って候。また柑子五十・鵝目五貫文、給び候い畢わんぬ。各々御供養と云々。
また御文の中に云わく「去ぬる十六日にある僧と寄り合って候時、諸法実相の法門を申し合いたり」と云々。
今経は出世の本懐、一切衆生皆成仏道の根元と申すも、ただこの諸法実相の四字より外は全くなき
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(200)王舎城事 | 文永12年(’75)4月12日 | 54歳 | 四条金吾 |
(201)四条金吾殿御返事(法論心得の事) | 建治元年(’75)7月22日 | 54歳 | (四条金吾) |