SOKAnetトップ

『日蓮大聖人御書全集 新版』全文検索

(170)

秋元御書

 弘安3年(ʼ80)1月27日 59歳 秋元太郎

 筒御器一具付けたり三十、ならびに盞付けたり六十、送り給び候い畢わんぬ。
 御器と申すは、うつわものと読み候。
 大地くぼければ水たまる。青天浄ければ月澄めり。月出でぬれば水浄し。雨降れば草木昌えたり。器は大地のくぼきがごとし。水たまるは池に水の入るがごとし。月の影を浮かぶるは法華経の我らが身に入らせ給うがごとし。
 器に四つの失あり。一には覆と申して、うつぶけるなり、またはくつがえす、または蓋をおおうなり。二には漏と申して、水もるなり。三には汚と申して、けがれたるなり。水浄けれども、糞の入りたる器の水をば用いることなし。四には雑なり。飯に、あるいは糞、あるいは石、あるいは沙、あるいは土なんどを雑えぬれば、人食らうことなし。
 器は我らが身心を表す。我らが心は器のごとし。口も器、耳も器なり。法華経と申すは仏の智慧の法水を我らが心に入れぬれば、あるいは打ち返し、あるいは耳に聞かじと左右の手を二つの耳に覆い、あるいは口に唱えじと吐き出だしぬ。譬えば、器を覆するがごとし。