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その故は、ほぼこれを見るに、蒙古の牒状已前に、去ぬる正嘉・文永等の大地震・大彗星の告げによって再三これを奏すといえども、国主あえて信用無し。しかれども、日蓮が勘文ほぼ仏意に叶うかの故に、この合戦既に興盛なり。この国の人々、今生には一同に修羅道に堕ち、後生には皆阿鼻大城に入らんこと疑いなきものなり。
ここに、貴辺と日蓮とは師檀の一分なり。しかりといえども、有漏の依身は国主に随うが故に、この難に値わんと欲するか。感涙押さえ難し。いずれの代にか対面を遂げんや。ただ一心に霊山浄土を期せらるべきか。
たとい身はこの難に値うとも、心は仏心に同じ。今生は修羅道に交わるとも、後生は必ず仏国に居せん。恐々謹言。
弘安四年閏七月一日 日蓮 花押
曽谷二郎入道殿御返事
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(168)曽谷二郎入道殿御返事 | 弘安4年(’81)閏7月1日 | 60歳 | 曽谷教信 |