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『日蓮大聖人御書全集 新版』全文検索

 しかるに、今、日蓮は、外見のごとくんば、日本第一の僻人なり。我が朝六十六箇国・二つの島の百千万億の四衆、上下万人に怨まる。仏法日本国に渡って七百余年、いまだこれ程に法華経の故に諸人に悪まれたる者なし。月氏・漢土にもありともきこえず。また、あるべしともおぼえず。されば、一閻浮提第一の僻人ぞかし。かかるものなれば、上には一朝の威を恐れ、下には万民の嘲りを顧みて、親類もとぶらわず。外人は申すに及ばず、出世の恩のみならず世間の恩を蒙りし人も、諸人の眼を恐れて、口をふさがんためにや、心に思わねどもそしるよしをなす。数度事にあい、両度御勘気を蒙りしかば、我が身の失に当たるのみならず、行き通う人々の中にも、あるいは御勘気、あるいは所領をめされ、あるいは御内を出だされ、あるいは父母・兄弟に捨てらる。されば、付きし人も捨てはてぬ。今また付く人もなし。
 殊に今度の御勘気には死罪に及ぶべきが、いかが思われけん、佐渡国につかわされしかば、彼の国へ趣く者は死は多く生は希なり。からくして行きつきたりしかば、殺害・謀叛の者よりもなお重く思われたり。鎌倉を出でしより、日々に強敵かさなるがごとし。ありとある人は念仏の持者なり。野を行き、山を行くにも、そばひらの草木の風に随ってそよめく声も、かたきの我を責むるかとおぼゆ。ようやく国にも付きぬ。北国の習いなれば、冬は殊に風はげしく雪ふかし。衣薄く、食ともし。根を移されし橘の自然にからたちとなりけるも、身の上につみしられたり。栖には、おばな・かるかやおいしげれる野中の五三昧ばらに、おちやぶれたる草堂の、上は雨もり、壁は風もたまらぬ傍に、昼夜耳に聞くものは、まくらにさゆる風の音、朝暮眼に遮るものは、遠近の路を埋む雪なり。現身に餓