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「汝、親の遺言とて朕が経を書かざること、その謂れ無しといえども、しばらくこれを免ず。ただし、題目ばかりは書くべし」と三度勅定あり。遺竜なお辞退申す。大王、竜顔心よからずして云わく「天地なお王の進退なり。しかれば、汝が親は即ち我が家人にあらずや。私をもって公事を軽んずることあるべからず。題目ばかりは書くべし。もししからずんば、仏事の庭なりといえども、速やかに汝が頭を刎ぬべし」とありければ、題目ばかり書けり。いわゆる、妙法蓮華経巻第一、乃至巻第八等云々。
その暮れに私宅に帰って歎いて云わく「我、親の遺言を背き、王勅術なき故に、仏経を書いて不孝の者となりぬ。天神も地祇も、定めて瞋り、不孝の者とおぼすらん」とて寝ぬる夜の夢の中に大光明出現せり。朝日の照らすかと思えば、天人一人、庭上に立ち給えり。また無量の眷属あり。この天人の頂上の虚空に仏六十四仏まします。
遺竜、合掌して問うて云わく「いかなる天人ぞや」。
答えて云わく「我はこれ、汝が父の烏竜なり。仏法を謗ぜし故に、舌八つにさけ、五根より血を出だし、頭七分に破れて、無間地獄に堕ちぬ。彼の臨終の大苦をこそ堪忍すべしともおぼえざりしに、無間の苦はなお百千億倍なり。人間にして、鈍刀をもって爪をはなち、鋸をもって頸をきられ、炭火の上を歩ばせ、棘にこめられなんどせし人の苦を、この苦にたとえばかずならず。いかにしてか我が子に告げんと思いしかどもかなわず。臨終の時、汝を誡めて『仏経を書くことなかれ』と遺言せしことのくやしさ、申すばかりなし。後悔先にたたず。我が身を恨み、舌をせめしかども、かいなかりしに、昨日の朝より法華経の始めの妙の一字、無間地獄のかなえの上に飛び来って、変じて金色の釈
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(164)法蓮抄 | 建治元年(’75)4月 | 54歳 | 曽谷教信 |