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を焼き給いしかば、六欲・四海の天神・竜衆等、仏を惜しみ奉る故にあつまりて大雨を下らし、三千の大地を水となし、須弥は流るといえども、この大火はきえず。
仏にはかかる大徳ましますゆえに、阿闍世王は十六大国の悪人を集め、一四天下の外道をかたらい、提婆を師として無量の悪人を放って、仏弟子をのり、うち、殺害せしのみならず、賢王にてとがもなかりし父の大王を一尺の釘をもって七処までうちつけ、はっつけにし、生母をば王のかんざしをきり刀を頭にあてし重罪のつもりに、悪瘡七処に出でき。三七日を経て、三月の七日に大地破れて無間地獄に堕ちて一劫を経べかりしかども、仏の所に詣で、悪瘡いゆるのみならず、無間地獄の大苦をまぬかれ、四十年の寿命延びたりき。また耆婆大臣も御つかいなりしかば、炎の中に入って瞻婆長者が子を取り出だしたりき。これをもってこれを思うに、一度も仏を供養し奉る人は、いかなる悪人・女人なりとも、成仏得道疑いなし。
提婆には三十相あり。二相かけたり。いわゆる白毫と千輻輪となり。仏に二相劣りたりしかば、弟子等軽く思いぬべしとて、蛍火をあつめて眉間につけて白毫と云い、千輻輪には鍛冶に菊形をつくらせて足に付けて行くほどに、足焼けて大事になり、結句死せんとせしかば、仏に申す。仏、御手をもってなで給いしかば、苦痛さりき。ここにて改悔あるべきかと思いしに、さはなくして、「瞿曇が習う医師はこざかしかりけり。また術にてある」など云いしなり。かかる敵にも仏は怨をなし給わず。いかにいわんや、仏を一度も信じ奉る者をば、いかでか捨て給うべきや。かかる仏なれば、木像・画像にうつし奉るに、優塡大王の木像は歩みをなし、摩騰の画像は一切経を説き給う。
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(164)法蓮抄 | 建治元年(’75)4月 | 54歳 | 曽谷教信 |