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魂もぬけべく候。あわれ、この人の住所の大地をばなげすてばやと思う心たびたび出来し候えば、不孝の者の住所は常に大地ゆり候なり。されば、教主釈尊の御いとこ・提婆達多と申せし人は、閻浮提第一の上﨟、王種姓なり。しかれども、不孝の人なれば、我ら彼の下の大地を持つことなくして、大地破れて無間地獄に入り給いき。我らが力及ばざる故にて候』と、かくのごとく地神こまごまと仏に申し上げ候いしかば、仏は『げにも、げにも』と合点せさせ給いき。また仏歎いて云わく『我が滅後の衆生の不孝ならんこと、提婆にも過ぎ、瞿伽利にも超えたるべし』と」等云々〈取意〉。
涅槃経に「末代悪世に不孝の者は大地微塵よりも多く、孝養の者は爪上の土よりもすくなからん」と云々。
今、日蓮案じて云わく、この経文は殊にさもやとおぼえ候。父母の御恩は今初めて事あらたに申すべきには候わねども、母の御恩のこと、殊に心肝に染みて貴くおぼえ候。飛ぶ鳥の子をやしない、地を走る獣の子にせめられ候こと、目もあてられず、魂もきえぬべくおぼえ候。
それにつきても、母の御恩忘れがたし。胎内に九月の間の苦しみ、腹は鼓をはれるがごとく、頸は針をさげたるがごとし。気は出ずるより外に入ることなく、色は枯れたる草のごとし。臥せば腹もさけぬべし。坐すれば五体やすからず。かくのごとくして産も既に近づきて、腰はやぶれてきれぬべく、眼はぬけて天に昇るかとおぼゆ。かかる敵をうみ落としなば、大地にもふみつけ、腹をもさきて捨つべきぞかし。さはなくして、我が苦を忍んで急ぎいだきあげて血をねぶり、不浄をすすぎて胸にかきつけ、懐きかかえて三箇年が間慇懃に養う。母の乳をのむこと、一百八十斛三升五合なり。この乳の
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(401)刑部左衛門尉女房御返事 | 弘安3年(’80)10月21日 | 59歳 | 刑部左衛門尉の妻 |