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いかに申さじと思うとも、毀らん人にはいよいよ申し聞かすべし。命生きて御坐しまさば、御覧あるべし。またいかに唱うとも、日蓮に怨をなせし人々は、まず必ず無間地獄に堕ちて、無量劫の後に日蓮の弟子と成って成仏すべし。恐々謹言。
日蓮 花押
(225)
経王殿御返事
文永10年(ʼ73)8月15日 52歳 (四条金吾)
その後、御おとずれきかまほしく候いつるところに、わざと人をおくり給び候。また、何よりも重宝たるあし、山海を尋ぬるとも、日蓮が身には時に当たりて大切に候。
それについて、経王御前のこと、二六時中に日月天に祈り申し候。先日のまぼり、暫時も身をはなさずたもち給え。その本尊は、正法・像法二時には、習える人だにもなし、ましてかき顕し奉ることたえたり。師子王は、前三後一と申して、ありの子を取らんとするにも、またたけきものを取らんとする時も、いきおいを出だすことは、ただおなじきことなり。日蓮、守護たるところの御本尊をしたため参らせ候ことも、師子王におとるべからず。経に云わく「師子奮迅の力」とは、これなり。
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(224)経王御前御書 | 文永9年(’72) | 51歳 | (四条金吾) |
(225)経王殿御返事 | 文永10年(’73)8月15日 | 52歳 | (四条金吾) |