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このことをみ候に、申すようにだにもふれまわせ給うならば、なおなおも所領もかさなり、人おぼえもいできたり候べしとおぼえ候。さきざき申し候いしように、「陰徳あれば陽報あり」と申して、皆人は主にうったえ、主もいかんぞおぼせしかども、わどのの正直の心に主の後生をたすけたてまつらんとおもう心ごうじょうにして、すねんをすぐれば、かかるりしょうにもあずからせ給うぞかし。これは物のはしなり、大果報はまた来るべしとおぼしめせ。
また、この法門の一門、いかなる本意なきことありとも、みずきかずいわずしてむつばせ給え。大人にいのりなしまいらせ候べし。上に申すことは私のことにはあらず。外典三千・内典五千の肝心の心をぬきてかきて候。あなかしこ、あなかしこ。恐々謹言。
卯月二十三日 日蓮 花押
御返事
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(217)陰徳陽報御書 | 弘安2年(’79)4月23日 | 58歳 | 四条金吾 |