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たるがごとし。また十方の諸仏は樹下に御わします。十方世界の草木の上に火をともせるがごとし。この御前にてせんぜられたる文なり。
涅槃経に云わく「昔無数無量劫より来、常に苦悩を受く。一々の衆生、一劫の中に積むところの身の骨は王舎城の毘富羅山のごとく、飲むところの乳汁は四海の水のごとく、身より出だすところの血は四海の水より多く、父母・兄弟・妻子・眷属の命終に哭泣して出だすところの目涙は四大海より多し。地の草木を尽くして四寸の籌となすも、もって父母をばまた尽くすこと能わじ」云々。この経文は、仏最後に双林の本に臥してかたり給いし御言なり。もっとも心をとどむべし。無量劫より已来、生むところの父母は、十方世界の大地の草木を四寸に切ってあてかぞうともたるべからずと申す経文なり。
これらの父母にはあいしかども、法華経にはいまだあわず。されば、父母はもうけやすし、法華経はあいがたし。今度あいやすき父母のことばをそむきて、あいがたき法華経のともにはなれずば、我が身、仏になるのみならず、そむきしおやをもみちびきなん。例せば、悉達太子は浄飯王の嫡子なり。国をもゆずり、位にもつけんとおぼして、すでに御位につけまいらせたりしを、御心をやぶりて夜中城をにげ出でさせ給いしかば、不孝の者なりとうらみさせ給いしかども、仏にならせ給いては、まず浄飯王・摩耶夫人をこそみちびかせ給いしか。
おやというおやの「世をすてて仏になれ」と申すおやは、一人もなきなり。これは、とによせ、かくによせて、わどのばらを持斎・念仏者等がつくりおとさんために、おやをすすめおとすなり。
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(176)兵衛志殿御返事(三障四魔の事) | 建治3年(’77)11月20日 | 56歳 | 池上宗長 |