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『日蓮大聖人御書全集 新版』全文検索

見るに明白なり。またこの経文に云わく「聖人去らん時は、七難必ず起こらん」等云々。当に知るべし、この国に大聖人有りと。また知るべし、彼の聖人を国主信ぜずということを。
 問うて云わく、先代に仏寺を失いし時、何ぞこの瑞なきや。
 答えて云わく、瑞は失の軽重によりて大小あり。この度の瑞は怪しむべし。一度二度にあらず、一返二返にあらず。年月をふるままに、いよいよ盛んなり。これをもってこれを察すべし、先代の失よりも過ぎたる国主に失あり。国主の身にて万民を殺し、また万臣を殺し、また父母を殺す失よりも、聖人を怨むこと、彼に過ぐることを。
 今、日本国の王臣ならびに万民には、月氏・漢土総じて一閻浮提に仏の滅後二千二百二十余年の間いまだなき大科、人ごとにあるなり。譬えば、十方世界の五逆の者を一処に集めたるがごとし。この国の一切の僧は皆提婆・瞿伽利が魂を移し、国主は阿闍世王・波瑠璃王の化身なり。一切の臣民は雨行大臣・月称大臣・刹陀・耆利等の悪人をあつめて日本国の民となせり。古は、二人三人、逆罪・不孝の者ありしかばこそ、その人の在所は大地も破れて入りぬれ。今はこの国に充満せる故に、日本国の大地一時にわれ無間に堕ち入らざらん外は、一人二人の住所の堕つべきようなし。例せば、老人の一・二の白毛をば抜けども、老耄の時は皆白毛なれば、何を分けて抜き捨つべき。ただ一度に剃り捨つるごとくなり。
 問うて云わく、汝が義のごとくんば、我が法華経の行者なるを用いざるが故に天変地夭等ありと。法華経第八に云わく「頭破れて七分に作る」。第五に云わく「もし人、悪み罵らば、口は則ち閉塞せ