SOKAnetトップ

『日蓮大聖人御書全集 新版』全文検索

狗犬が師子を吼えてその腹破れざることなく、修羅が日月を射るに、その箭還ってその眼に中らざることなし。遠き例はしばらくこれを置く。近くは我が朝に代始まって人王八十余代の間、大山皇子・大石小丸を始めとなして二十余人、王法に敵をなし奉れども、一人として素懐を遂げたる者なし。皆、頸を獄門に懸けられ、骸を山野に曝す。関東の武士等、あるいは源平、あるいは高家等、先祖相伝の君を捨て奉り、伊豆国の民たる義時が下知に随うが故に、かかる災難は出来するなり。王法に背き奉り民の下知に随うは、師子王が野狐に乗せられて東西南北に馳走するがごとし。今生の恥これをいかんせん。急ぎ急ぎ甲を脱ぎ弓弦をはずして、参れ参れ」と招きけるほどに、いかにありけん。
 申酉時にも成りしかば、関東の武士等、河を馳せ渡り、勝ちかかりて責めしあいだ、京方の武者ども、一人も無く山林に逃げ隠るるのあいだ、四つの王をば四つの島へ放ちまいらせ、また高僧・御師・御房たちは、あるいは住房を追われ、あるいは恥辱に値い給いて、今に六十年の間、いまだそのはじをすすがずとこそ見え候に、今また彼の僧侶の御弟子たち、御祈禱承られて候げに候あいだ、いつものことなれば、秋風にわずかの水に敵船・賊船なんどの破損仕って候を、「大将軍生け取りたり」なんど申し、祈り成就の由を申し候げに候なり。また、「蒙古の大王の頸の参って候か」と問い給うべし。その外は、いかに申し候とも御返事あるべからず。御存知のためにあらあら申し候なり。乃至、この一門の人々にも相触れ給うべし。
 また、必ずしいじの四郎がことは承り候い畢わんぬ。予、既に六十に及び候えば、天台大師の御恩報じ奉らんと仕り候あいだ、みぐるしげに候房をひきつくろい候ときに、さくりょうにおろして