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富木尼御前御返事
建治2年(ʼ76)3月27日 55歳 富木尼
鵝目一貫ならびにつつひとつ、給び候い了わんぬ。
やのはしることは弓のちから、くものゆくことはりゅうのちから、おとこのしわざはめのちからなり。いまときどののこれへ御わたりあること、尼ごぜんの御力なり。けぶりをみれば火をみる。あめをみればりゅうをみる。おとこを見ればめをみる。今ときどのにげんざんつかまつれば、尼ごぜんをみたてまつるとおぼう。
ときどのの御物がたり候は、「このはわのなげきのなかに、りんずうのよくおわせしと、尼がよくあたり、かんびょうせしことのうれしさ、いつのよにわするべしともおぼえず」と、よろこばれ候なり。
なによりもおぼつかなきことは御所労なり。かまえて、さもと三年、はじめのごとくにきゅうじせさせ給え。病なき人も無常まぬかれがたし。ただし、としのはてにはあらず、法華経の行者なり。非業の死にはあるべからず。よも業病にては候わじ。たとい業病なりとも、法華経の御力たのもし。阿闍世王は法華経を持って四十年の命をのべ、陳鍼は十五年の命をのべたり。尼ごぜん、また、法華経
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(134)富木尼御前御返事 | 建治2年(’76)3月27日 | 55歳 | 富木尼 |