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に、第六天の魔王と申す三界の主、この経を持つ人をばあながちに嫉み候なり。この魔王、疫病の神の、目にも見えずして人に付き候ように、古酒に人の酔い候ごとく、国主・父母・妻子に付いて法華経の行者を嫉むべしと見えて候。少しも違わざるは当時の世にて候。日蓮は南無妙法蓮華経と唱うる故に、二十余年所を追われ、二度まで御勘気を蒙り、最後にはこの山にこもる。
この山の体たらくは、西は七面の山、東は天子のたけ、北は身延の山、南は鷹取の山。四つの山、高きこと天に付き、さがしきこと飛鳥もとびがたし。中に四つの河あり。いわゆる富士河・早河・大白河・身延河なり。その中に一町ばかり間の候に庵室を結んで候。昼は日をみず、夜は月を拝せず。冬は雪深く、夏は草茂り、問う人希なれば道をふみわくることかたし。殊に今年は雪深くして人問うことなし。命を期として法華経ばかりをたのみ奉り候に、御音信ありがたく候。しらず、釈迦仏の御使いか、過去の父母の御使いかと、申すばかりなく候。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(107)種々御振舞御書 | 建治2年(’76) | 55歳 | (光日尼) |