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『日蓮大聖人御書全集 新版』全文検索

教の菩薩も円妙の仏道に入る。経に云わく『我が昔の願いしところのごときは、今、すでに満足しぬ。一切衆生を化して、皆仏道に入らしむ』云々。衆生界尽きざるが故にいまだ仏道に入らざる衆生有りといえども、しかも十界皆成仏すること、ただ今経の力にのみ在り。故に利生の本懐なり」云々。
 また云わく「第一に妙経の大意を明かせば、諸仏はただ一大事の因縁をもっての故に世に出現し、『一切衆生ことごとく仏性有り』と説きたまい、法を聞き観行するに、皆当に作仏すべし。そもそも、仏、何の因縁をもって『十界の衆生ことごとく三因仏性有り』と説きたもうや。天親菩薩、仏性論縁起分の第一に云わく『如来は、五種の過失を除き、五種の功徳を生ぜんがための故に、一切衆生ことごとく仏性有りと説きたもう』已上。謂わく、五種の過失とは、一には下劣心、二には高慢心、三には虚妄の執、四には真法を謗ず、五には我執を起こす。五種の功徳とは、一には正勤、二には恭敬、三には般若、四には闍那、五には大悲なり。生ずることなしと疑うが故に大菩提心を発すこと能わざるを下劣心と名づけ、我に性有って能く菩提心を発すと謂えるを高慢と名づけ、一切法の無我なる中において有我の執を作すを虚妄の執と名づけ、一切諸法の清浄の智慧・功徳を違謗するを真法を謗ずと名づけ、意ただ己を存するのみにして一切衆生を憐れむことを欲せざるを我執を起こすと名づく。この五つに翻対して、定めて性有りと知って菩提心を発す」。
    日蓮 花押