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上野殿母御前御返事(大聖人の御病の事)
弘安4年(ʼ81)12月8日 60歳 上野尼
進上 上野殿母尼御前 日蓮
乃米一だ、聖人一つつ二十ひさげか、かんこうひとこうぶくろ、おくり給び候い了わんぬ。
このところのよう、ぜんぜんに申しふり候いぬ。さては、去ぬる文永十一年六月十七日、この山に入り候いて、今年十二月八日にいたるまで、この山、出ずること一歩も候わず。ただし、八年が間、やせやまいと申し、としと申し、としどしに身ゆわく心おぼれ候いつるほどに、今年は春よりこのやまいおこりて、秋すぎ冬にいたるまで、日々におとろえ夜々にまさり候いつるが、この十余日はすでに食もほとうどとどまりて候上、ゆきはかさなり、かんはせめ候。身のひゆること石のごとし。胸のつめたきこと氷のごとし。
しかるに、このさけわたたかにさしわかして、かんこうをはたとくい切って、一度のみて候えば、火を胸にたくがごとし。ゆに入るににたり。あせにあかあらい、しずくに足をすすぐ。この御志はいかんがせんと、うれしくおもい候ところに、両眼よりひとつのなんだをうかべて候。
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(342)上野殿母御前御返事(大聖人の御病の事) | 弘安4年(’81)12月8日 | 60歳 | 上野尼 |