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賢人なり。智は日月に斉しく、徳は四海に弥れり。その上、各々、経・律・論に依り、たがいに証拠有り。したがって、王臣国を傾け、土民これを仰ぐ。末世の偏学たとい是非を加うとも、人信用するに至らず。
しかりといえども、宝山に来り登って瓦石を採取し、栴檀に歩み入って伊蘭を懐き収めば、悔恨有らん。故に、万人の謗りを捨てて、みだりに取捨を加う。我が門弟、委細にこれを尋討せよ。
夫れ、諸宗の人師等、あるいは旧訳の経論を見て新訳の聖典を見ず、あるいは新訳の経論を見て旧訳を捨て置き、あるいは自宗に執著し、曲げて己義に随い、愚見を注し止めて後代にこれを加添す。株杭に驚き騒いで兎獣を尋ね求め、智、円扇に発して、仰いで天月を見る。非を捨て理を取るは智人なり。
今、末の論師・本の人師の邪義を捨て置いて、専ら本経・本論を引き見るに、五十余年の諸経の中に、法華経第四の法師品の中の「已今当」の三字、最も第一なり。諸の論師・諸の人師、定めてこの経文を見けるか。しかりといえども、あるいは相似の経文に狂い、あるいは本師の邪会に執し、あるいは王臣等の帰依を恐るるか。
いわゆる、金光明経の「これ諸経の王なり」、密厳経の「一切経の中に勝れたり」、六波羅蜜経の「総持第一」、大日経の「いかんが菩提」、華厳経の「能くこの経を信ずるは最もこれ難し」、般若経の「法性に会入し、一事をも見ず」、大智度論の「般若波羅蜜は最も第一なり」、涅槃論の「今日、涅槃の理は」等なり。
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(008)法華取要抄 | 文永11年(’74)5月24日 | 53歳 | 富木常忍 |