SOKAnetトップ

『日蓮大聖人御書全集 新版』全文検索

だ一音に喚び顕し奉る功徳、無量無辺なり。
 我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉って、我が己心中の仏性、南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給うところを仏とは云うなり。譬えば、籠の中の鳥なけば、空とぶ鳥のよばれて集まるがごとし。空とぶ鳥の集まれば、籠の中の鳥も出でんとするがごとし。口に妙法をよび奉れば、我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給う。梵王・帝釈の仏性はよばれて我らを守り給う。仏菩薩の仏性はよばれて悦び給う。されば、「もししばらくも持たば、我は則ち歓喜す。諸仏もまたしかなり」と説き給うは、この心なり。されば、三世の諸仏も妙法蓮華経の五字をもって仏に成り給いしなり。三世の諸仏の出世の本懐、一切衆生皆成仏道の妙法と云うは、これなり。
 これらの趣を能く能く心得て、仏になる道には、我慢・偏執の心なく南無妙法蓮華経と唱え奉るべきものなり。
    日蓮 花押