SOKAnetトップ

『日蓮大聖人御書全集 新版』全文検索

一人二人ならず、日本国に弘まれり。他宗の人々これに便りを得て、いよいよ天台宗を失う。これらの学者は、譬えば、野馬の蜘蛛の網にかかり、渇ける鹿の陽炎をおうよりもはかなし。例せば、頼朝の右大将家は、泰衡を討たんがために泰衡を誑かして義経を討たせ、太政入道清盛は、源氏を喪ぼして世をとらんがために我が伯父・平馬助忠正を切る、義朝はたぼらかされて慈父・為義を切るがごとし。これらは、はかなき人々のためしなり。
 天台大師、「法華経より外の経々には、二乗作仏・久遠実成は絶えてなし」なんど釈し給えば、菩薩の作仏・凡夫の往生はあるなんめりとうち思って、我らは二乗にもあらざれば爾前の経々にても得道なるべし、この念い心中にさしはさめり。その中にも、観経の九品往生はねがいやすきことなれば、法華経をばなげすて、念仏申して浄土に生まれて観音・勢至・阿弥陀仏に値いたてまつりて成仏を遂ぐべしと云々。当世の天台宗の人々を始めとして、諸宗の学者かくのごとし。
 実義をもって申さば、一切衆生の成仏のみならず、六道を出でて十方の浄土に往生することは、かならず法華経の力なり。例せば、日本国の人、唐土の内裏に入らんことは、必ず日本の国王の勅定によるべきがごとし。穢土を離れて浄土に入ることは、必ず法華経の力なるべし、例せば、民の女、乃至関白・大臣の女に至るまで、大王の種を下ろせば、その産める子、王となりぬ。大王の女なれども、臣下の種を懐妊せば、その子、王とならざるがごとし。
 十方の浄土に生まるる者は、三乗・人天・畜生等までも、皆、王の種姓と成って生まるべし。皆、仏となるべきが故なり。阿含経は、民の女の民を夫とし、華厳・方等・般若等は、臣の女の臣を夫と