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弁殿並尼御前御書
文永10年(ʼ73)9月19日 52歳 日昭ならびに尼御前
貞任は十二年にやぶれぬ。将門は八年にかたぶきぬ。第六天の魔王、十軍のいくさをおこして、法華経の行者と生死海の海中にして、同居穢土を、とられじ、うばわんとあらそう。日蓮その身にあいあたりて、大兵をおこして二十余年なり。日蓮、一度もしりぞく心なし。しかりといえども、弟子等・檀那等の中に、臆病のもの、大体あるいはおち、あるいは退転の心あり。尼ごぜんの一文不通の小心に、いままでしりぞかせ給わぬこと、申すばかりなし。その上、自身のつかうべきところに、下人を一人つけられて候こと、定めて釈迦・多宝・十方分身の諸仏も御知見あるか。恐々謹言。
九月十九日 日蓮 花押
弁殿、尼御前に申させ給え。
しげければとどむ。弁殿に申す。大師講をおこなうべし。大師とってまいらせて候。三郎左衛門尉殿に候文のなかに、涅槃経の後分二巻、文句五の本末、授決集の抄の上巻等、御随身あるべし。
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(227)弁殿並尼御前御書 | 文永10年(’73)9月19日 | 52歳 | 日昭ならびに尼御前 |