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式目を見るに、五十一箇条を立てて、終わりに起請文を書き載せたり。第一・第二は神事・仏事、乃至五十一等云々。神事・仏事の肝要たる法華経を手ににぎれる者を、讒人等に召し合わせられずして、彼らが申すままに頸に及ぶ。しかれば、他事の中にもこの起請文に相違する政道は有るらめども、これは第一の大事なり。日蓮がにくさに国をかえ身を失わんとせらるるか。
魯の哀公が忘るることの第一なることを記せらるるには、「移宅に妻をわする」と云々。孔子云わく「身をわするる者あり。国主と成って政道を曲ぐる、これなり」云々。はたまた国主はこのことを委細には知らせ給わざるか。いかに知らせ給わずとのべらるるとも、法華経の大怨敵と成り給いぬる重科は脱るべしや。
多宝・十方の諸仏の御前にして、教主釈尊の申し口として末代当世のことを説かせ給いしかば、諸の菩薩記して云わく「悪鬼はその身に入って、我を罵詈・毀辱せん乃至しばしば擯出せられん」等云々。また四仏・釈尊の説くところの最勝王経に云わく「悪人を愛敬し善人を治罰するに由るが故に乃至他方の怨賊来って、国人喪乱に遭わん」等云々。たとい日蓮をば軽賤せさせ給うとも、教主釈尊の金言、多宝・十方の諸仏の証明は空しかるべからず。一切の真言師・禅宗・念仏者等の謗法の悪比丘をば前より御帰依ありしかども、その大科を知らせ給わねば、少し天も許し善神もすてざりけるにや。しかるを、日蓮が出現して、一切の人を恐れず、身命を捨てて指し申さば、賢なる国主ならば子細を聞き給うべきに、聞きもせず用いられざるだにも不思議なるに、あまつさえ頸に及ばんとせしことは存外の次第なり。
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(013)下山御消息 | 建治3年(’77)6月 | 56歳 | 下山光基 |