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ただし、仏教に入って五十余年の経々、八万法蔵を勘えたるに、小乗あり大乗あり、権経あり実経あり。顕教・密教、軟語・麤語、実語・妄語、正見・邪見等の種々の差別あり。ただ法華経ばかり教主釈尊の正言なり、三世十方の諸仏の真言なり。大覚世尊は、四十余年の年限を指して、その内の恒河の諸経を「いまだ真実を顕さず」、八年の法華は「要ず当に真実を説きたもうべし」と定め給いしかば、多宝仏大地より出現して「皆これ真実なり」と証明す。分身の諸仏来集して長舌を梵天に付く。この言、赫々たり、明々たり。晴天の日よりもあきらかに、夜中の満月のごとし。仰いで信ぜよ。伏しておもうべし。
ただし、この経に二箇の大事あり。俱舎宗・成実宗・律宗・法相宗・三論宗等は名をもしらず。華厳宗と真言宗との二宗はひそかに盗んで自宗の骨目とせり。一念三千の法門は、ただ法華経の本門寿量品の文の底にしずめたり。竜樹・天親、知ってしかもいまだひろいいださず。ただ我が天台智者のみ、これをいだけり。
一念三千は十界互具よりことはじまれり。法相と三論とは、八界を立てて十界をしらず。いわんや互具をしるべしや。俱舎・成実・律宗等は、阿含経によれり。六界を明らめて四界をしらず。「十方にただ一仏のみ有り」とて「一方に仏有り」とだにもあかさず。「一切の有情、ことごとく仏性有り」とこそとかざらめ。一人の仏性なおゆるさず。しかるを、律宗・成実宗等の「十方に仏有り」「仏性有り」なんど申すは、仏の滅後の人師等の、大乗の義を自宗に盗み入れたるなるべし。
例せば、外典・外道等は、仏前の外道は執見あさし。仏後の外道は、仏教をききみて自宗の非をし
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(005)開目抄 | 文永9年(’72)2月 | 51歳 | 門下一同 |