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てて王にまいる、孝の至りなり。仏法もまたかくのごとし。法華経の諸の仏菩薩・十羅刹、日蓮を守護し給う上、浄土宗の六方の諸仏・二十五の菩薩、真言宗の千二百等、七宗の諸尊、守護の善神、日蓮を守護し給うべし。例せば、七宗の守護神、伝教大師をまぼり給いしがごとしとおもう。
日蓮案じて云わく、法華経の二処三会の座にましましし日月等の諸天は、法華経の行者出来せば、磁石の鉄を吸うがごとく、月の水に遷るがごとく、須臾に来って行者に代わり仏前の御誓いをはたさせ給うべしとこそおぼえ候に、いままで日蓮をとぶらい給わぬは、日蓮、法華経の行者にあらざるか。されば、重ねて経文を勘えて、我が身にあてて身の失をしるべし。
疑って云わく、当世の念仏宗・禅宗等をば、いかなる智眼をもって法華経の敵人、一切衆生の悪知識とはしるべきや。
答えて云わく、私の言を出だすべからず。経釈の明鏡を出だして謗法の醜面をうかべ、その失をみせしめん。生盲は力およばず。法華経の第四の宝塔品に云わく「その時、多宝仏は宝塔の中において、半座を分かちて、釈迦牟尼仏に与えたもう○その時、大衆は、二如来の七宝塔の中の師子座の上に在して結跏趺坐したもうを見たてまつる○大音声をもって、あまねく四衆に告げたまわく『誰か能くこの娑婆国土において、広く妙法華経を説かん。今正しくこれ時なり。如来は久しからずして、当に涅槃に入るべし。仏はこの妙法華経をもって、付嘱して在ること有らしめんと欲す』と」等云々。第一の勅宣なり。
また云わく「その時、世尊は重ねてこの義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく『聖主世尊は、久
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(005)開目抄 | 文永9年(’72)2月 | 51歳 | 門下一同 |