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〈行敏への御返事〉
条々御不審のこと、私の問答は事行き難く候か。しかれば、上奏を経られ、仰せ下さるるの趣に随って、是非を糾明せらるべく候か。かくのごとく仰せを蒙り候条、もっとも庶幾するところに候。恐々謹言。
七月十三日 日蓮 花押
行敏御房御返事
(077)
行敏訴状御会通
文永8年(ʼ71)7月 50歳
当世日本第一の持戒の僧・良観聖人、ならびに法然上人の孫弟子たる然阿弥陀仏・道阿弥陀仏等の諸聖人等、日蓮を訴訟する状に云わく「早く日蓮を召し決せられて邪見を摧破し、正義を興隆せんと欲すること」云々。日蓮云わく「邪見を摧破し正義を興隆せば、一眼の亀の浮き木の穴に入るならん。幸甚、幸甚」。
彼の状に云わく「右、八万四千の教え、乃至、一を是として諸を非とする理、あにしかるべけんや」云々。
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(076)行敏御返事 | 文永8年(’71)7月13日 | 50歳 | 行敏 |
(077)行敏訴状御会通 | 文永8年(’71)7月 | 50歳 |