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(070)
大仏殿別当への御状
文永5年(ʼ68)10月11日 47歳 大仏殿別当
去ぬる正月十八日、西戎・大蒙古国より牒状到来し候い畢わんぬ。その状に云わく「大蒙古国皇帝、日本国王に書を上る。大道の行わるる、その義邈たり。信を構え睦を修する、その理何ぞ異ならん乃至至元三年丙寅正月 日」と。
右、この状のごとくんば、返牒に依って日本国を襲うべきの由、分明なり。日蓮兼ねて勘え申せし立正安国論に少しも相違せず。急ぎ退治を加え給え。しかれば、日蓮を放いてこれを叶うべからず。早く我慢を倒して日蓮に帰すべし。今生空しく過ぎなば、後悔何ぞ追わん。委しくこれを記すこと能わず。この趣、方々へ申せしめ候。一処に聚集して御調伏有るべく候か。
文永五年十月十一日 日蓮 花押
謹上 大仏殿別当御房
(071)
寿福寺への御状
文永5年(ʼ68)10月11日 47歳 寿福寺
風聞のごとくんば、蒙古国の簡牒、去ぬる正月十八日たしかに到来し候い畢わんぬ。しかれば、先
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(070)大仏殿別当への御状 | 文永5年(’68)10月11日 | 47歳 | 大仏殿別当 |
(071)寿福寺への御状 | 文永5年(’68)10月11日 | 47歳 | 寿福寺 |