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しかるに、己が依経たる大日経には、衆生の中に機を簡い、前四味の諸経に同じて二乗を簡えり。まして草木成仏は思いもよらず。されば、理を云う時は盗人なり。また印契・真言いずれの経にかこれを簡える。もししからば、大日経にこれを説くとも規模ならず。一代に簡われ諸経に捨てられたる二乗作仏は、法華に限れり。二乗は無量無辺劫の間、千二百余尊の印契・真言を行ずとも、法華経に値わずんば成仏すべからず。印は手の用、真言は口の用なり。その主が成仏せざれば、口と手と別に成仏すべきや。一代に超過し三説に秀でたる二乗の事をば物とせず、事に依る時は印・真言を尊む者、「劣れるを勝ると謂う見」の外道なり。
無量義経説法品に云わく「四十余年にはいまだ真実を顕さず」文。一の巻に云わく「世尊は法久しくして後、要ず当に真実を説きたもうべし」文。また云わく「一大事の因縁の故に、世に出現したもう」文。四の巻に云わく「薬王よ。今汝に告ぐ。我が説くところの諸経、しかもこの経の中において、法華は最も第一なり」文。また云わく「已に説き、今説き、当に説くべし」文。宝塔品に云わく「我は仏道のために、無量の土において、始めより今に至るまで、広く諸経を説く。しかもその中において、この経は第一なり」文。安楽行品に云わく「この法華経は、これ諸の如来の第一の説、諸経の中において最もこれ甚深なり」文。また云わく「この法華経は、諸仏如来の秘密の蔵にして、諸経の中において最もその上に在り」文。薬王品に云わく「この法華経もまたかくのごとく、諸経の中において、最もこれその上なり」文。また云わく「この経もまたかくのごとく、諸経の中において、最もこれその尊なり」文。また云わく「この経もまたかくのごとく、諸経の中の王なり」文。また云わく
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(061)真言見聞 | 文永9年(’72)7月 | 51歳 |