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かざることは権経の故なり。実経にこそ五百塵点等をも説きたれ。
次に、法界宮とは色究竟天か、またいずれの処ぞや。色究竟天あるいは他化自在天は、法華宗には別教の仏の説処と云って、いみじからぬことに申すなり。また菩薩のために説くとも高名もなし。例せば、華厳経は一向菩薩のためなれども、なお法華の方便とこそ云わるれ。ただ仏出世の本意は、仏に成り難き二乗の仏に成るを一大事とし給えり。されば、大論には二乗の仏に成るを密教と云い、二乗作仏を説かざるを顕教と云えり。この趣ならば、真言の三部経は二乗作仏の旨無きが故に還って顕教と云い、法華は二乗作仏を旨とする故に密教と云うべきなり。したがって、「諸仏秘密の蔵」と説けば、子細なし。世間の人「密教勝る」と云うは、いかように意得たるや。ただし、「もし顕教において修行する者は、久しく三大無数劫を経」等と云えるは、既に三大無数劫と云う故に、これ三蔵の四阿含経を指して顕教と云って、権大乗までは云わず。いわんや、法華実大乗まではすべて云わざるなり。
次に釈迦は大日の化身、唵字を教えられてこそ仏には成りたれと云うこと。これはひとえに六波羅蜜経の説なり。彼の経一部十巻はこれ釈迦の説なり。大日の説にはあらず。これ未顕真実の権教なり。したがって成道の相も三蔵教の教主の相なり、六年苦行の後の儀式なるをや。彼の経説の五味を天台は盗み取って己が宗に立つという無実を云い付けらるるは、弘法大師の大いなる僻事なり。ゆえに天台は涅槃経に依って立て給えり。全く六波羅蜜経には依らず。いわんや、天台死去の後百九十年あって貞元四年に渡れる経なり。何として天台は見給うべき。不実の過、弘法大師にあり。およそ彼
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(057)真言天台勝劣事 | 文永7年(’70) | 49歳 |