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この地獄の業因をいわば、ものの命をたつもの、この地獄に堕つ。螻・蟻・蚊・虻等の小虫を殺せる者も、懺悔なければ、必ずこの地獄に堕つべし。譬えば、はりなれども水の上におけば沈まざることなきがごとし。また懺悔すれども、懺悔の後に重ねてこの罪を作れば、後の懺悔にはこの罪きえがたし。譬えば、ぬすみをして獄に入りぬるものの、しばらく経て後に御免を蒙って獄を出ずれども、また重ねて盗みをして獄に入りぬれば、出ずることゆるされがたきがごとし。
されば、当世の日本国の人は、上一人より下万民に至るまで、この地獄をまぬかるる人は一人もありがたかるべし。いかに持戒のおぼえをとれる持律の僧たりとも、蟻・蝨なんどを殺さず、蚊・虻をあやまたざるべきか。いわんや、その外、山野の鳥・鹿、江海の魚鱗を日々に殺すものをや。いかにいわんや、牛・馬・人等を殺す者をや。
第二に黒縄地獄とは、等活地獄の下にあり。縦広は等活地獄のごとし。獄卒、罪人をとらえて熱鉄の地にふせて、熱鉄の縄をもって身にすみうって、熱鉄の斧をもって縄に随ってきりさきけずる。また鋸をもってひく。また左右に大いなる鉄の山あり。山の上に鉄の幢を立て、鉄の縄をはり、罪人に鉄の山をおおせて縄の上よりわたす。縄より落ちてくだけ、あるいは鉄のかなえに堕とし入れてにらる。この苦は上の等活地獄の苦よりも十倍なり。人間の一百歳は、第二の忉利天の一日一夜なり。その寿一千歳なり。この天の寿一千歳を一日一夜として、この第二の地獄の寿命一千歳なり。
殺生の上に、偸盗とてぬすみをかさねたるもの、この地獄におつ。当世の偸盗のもの、ものをぬすむ上、物の主を殺すもの、この地獄に堕つべし。
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(029)顕謗法抄 | 弘長2年(’62) | 41歳 |