43ページ
主人、広く経文を引いて明らかに理非を示す。故に、妄執既に翻り、耳目しばしば朗らかなり。詮ずるところ、国土泰平・天下安穏は、一人より万民に至るまで好むところなり、楽うところなり。早く一闡提の施を止め、永く衆僧尼の供を致し、仏海の白浪を収め、法山の緑林を截らば、世は羲農の世と成り、国は唐虞の国とならん。しかして後、法水の浅深を斟酌し、仏家の棟梁を崇重せん。
主人悦んで曰わく、鳩化して鷹となり、雀変じて蛤となる。悦ばしいかな、汝、蘭室の友に交わって麻畝の性と成る。誠にその難を顧みて専らこの言を信ぜば、風和らぎ浪静かにして不日に豊年ならん。ただし、人の心は時に随って移り、物の性は境に依って改まる。譬えば、なお、水中の月の波に動き、陣前の軍の剣に靡くがごとし。汝、当座に信ずといえども、後定めて永く忘れん。もし、まず国土を安んじて現当を祈らんと欲せば、速やかに情慮を廻らし悤いで対治を加えよ。
所以はいかん。薬師経の七難の内、五難たちまち起こり、二難なお残れり。いわゆる他国侵逼の難・自界叛逆の難なり。大集経の三災の内、二災早く顕れ、一災いまだ起こらず。いわゆる兵革の災なり。金光明経の内の種々の災禍一々起こるといえども、他方の怨賊国内を侵掠する、この災いまだ露れず、この難いまだ来らず。仁王経の七難の内、六難今盛んにして、一難いまだ現ぜず。いわゆる、四方の賊来って国を侵すの難なり。しかのみならず、「国土乱れん時はまず鬼神乱る。鬼神乱るるが故に万民乱る」と。今この文に就いてつぶさに事の情を案ずるに、百鬼早く乱れ、万民多く亡ぶ。先難これ明らかなり、後災何ぞ疑わん。もし残るところの難、悪法の科によって並び起こり競い来らば、その時いかんがせんや。
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
---|---|---|---|
(002)立正安国論 | 文応元年(’60)7月16日 | 39歳 | 北条時頼 |