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を抄って後に著け、後を抄って前に著け、前後を中に著け、中を前後に著けん。当に知るべし、かくのごとき諸の悪比丘は、これ魔の伴侶なり」等云々。
六巻の般泥洹経に云わく「阿羅漢に似たる一闡提にして悪業を行ずるものと、一闡提に似たる阿羅漢にして慈心を作すものと有らん。羅漢に似たる一闡提有りとは、この諸の衆生の方等を誹謗せるなり。一闡提に似たる阿羅漢とは、声聞を毀呰して広く方等を説き、衆生に語って言わく『我、汝等とともにこれ菩薩なり。所以はいかん。一切皆、如来の性有るが故に』。しかるに、彼の衆生は、一闡提なりと謂わん」等云々。
涅槃経に云わく「我涅槃して後乃至正法滅して後、像法の中において、当に比丘有るべし。律を持つに似像せて少しく経を読誦し、飲食を貪嗜してその身を長養す○袈裟を服るといえども、なお猟師の細めに視て徐かに行くがごとく、猫の鼠を伺うがごとし。常にこの言を唱えん、『我、羅漢を得たり』と○外には賢善を現じ、内には貪嫉を懐く。啞法を受けたる婆羅門等のごとし。実には沙門にあらずして沙門の像を現じ、邪見熾盛にして正法を誹謗せん」等云々。
夫れ、鷲峰・双林の日月、毘湛・東春の明鏡に当世の諸宗ならびに国中の禅・律・念仏者が醜面を浮かべたるに、一分もくもりなし。
妙法華経に云わく「仏滅度して後、恐怖悪世の中において」。安楽行品に云わく「後の悪世において」。また云わく「末世の中において」。また云わく「後の末世の法滅せんと欲せん時において」。分別功徳品に云わく「悪世末法の時」。薬王品に云わく「後の五百歳」等云々。正法華経の勧説品に云わ
題号 | 執筆年月日 | 聖寿 | 対告衆 |
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(005)開目抄 | 文永9年(’72)2月 | 51歳 | 門下一同 |